うつ病などの精神疾患で休職後に職場復帰する際に、主治医と産業医で意見が異なることがあります。

この記事では、そのような場合の考え方や必要な対応について、臨床心理士・キャリアコンサルタントの立場で解説していきます。

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主治医と産業医で意見が異なることはある

精神疾患で休職してからの職場復帰に際して、主治医と産業医で意見が異なることはあります。

このことを知らないと、実際にこのような状況になったときに、非常に戸惑われたり、驚かれたり、会社や医師に対して不信感を持つ場合もあるでしょう。

まずは「主治医と産業医の意見が違うことはある」という事実を知っておくだけでも、気持ちや対応が違ってきます。

なかでも多いのは、主治医は「職場復帰可能」という診断書を出しているが、産業医が「まだ早い」という意見で、会社が現時点での職場復帰を認めないという状況です。

なぜ主治医と産業医の意見が違うのか?

では、なぜこのような意見の相違が起こるのでしょうか。次に、その原因について解説します。

主治医と産業医では役割が違う

意見の相違が起こる原因は、主治医と産業医の役割が違うためです。

主治医は患者さんの治療を行う立場です。

主治医の「職場復帰可能」の診断は、”生活リズムが整っていて、日常生活が送れる状態である”というレベルであることが多いです。

一方で産業医は治療を行う立場ではなく、「労働者が健康に就労できるよう支援を行う」立場です。

ですから、”日常生活が送れるレベルか”ではなく、”この会社で健康・安全に就労できる状態か”を判断します。

一般的には、ちょっとした家事をする程度の日常生活よりも、仕事を行う方が負荷や要求水準が高くなりますから、「日常生活はある程度送れるが、まだこの会社で就労できる状態ではない」という回復状況にあるときには、主治医と産業医の職場復帰に対する意見は異なることがあります。

また、産業医は休職者の健康だけではなく、その会社の従業員全員の健康について考えていく立場ですから、復帰先の環境や受け入れ態勢が整っているのかについても考慮します。

例えば、「今月は超繁忙期で職場復帰には適さない。復職者にとっても受け入れる職場にとっても負荷が高い」という状況のときには、「来月、繁忙期が終わってからの復帰が望ましい」という判断をすることもあるでしょう。

主治医と産業医では持っている情報が違う

さらに、主治医と産業医では持っている情報が異なります。

主治医には、患者さんの職場の休職規定や実際の職場環境、異動先の有無までは把握できません。

患者さんから情報を得ることはできますが、それはあくまで患者さんから見た情報であり、間違っていたり、客観的ではなかったりする場合もあります。

他方、産業医は会社と契約している立場ですから、その会社の休職規定を把握しています。

さらに、職場巡視を行うことで、職場環境をある程度把握してます。

この辺は、常勤の専属産業医なのか、月に数回関わる嘱託産業医なのかによっても、どの程度把握されているかは異なるでしょう。

しかし、いずれの場合も、会社と契約していない主治医よりは、各職場の業務内容や雰囲気などを把握できる立場にあります。

さらに、産業医は異動の可否などを人事と連携しながら対応できます。

例えば、「会社の休職規定でまだ休職できる期間が十分に残っており、回復状況が日常生活は送れるが健康に就労できる状態までには至っておらず、職場環境も今月は繁忙期である」という場合には、「現状では職場復帰はまだ早い。来月以降、繁忙期が終わり、職場環境が落ち着いてからの復帰が望ましい。」と判断することになります。

再発リスクを取って繁忙期真っ只中の職場に戻るより、職場環境が落ち着くまで少し復帰を先延ばしにして、その間に治療とリハビリによりさらにエネルギーや健康状態を回復させることが効果的だからです。

一方で、主治医には会社の制度の詳細や、個々の職場の環境などは分かりません。

患者さんが焦りや不安に支配され、客観的な状況が把握できずに、「早く復帰しないと職場に居場所がなくなるんです!もう休職できる期間がありません」などと強く訴えることもあるでしょう。

主治医の立場としては会社の状況は分からないのですから、「少し早いかもしれないが、生活リズムは整っているし、ここで復帰を認めずに患者さんが職を失ったり、会社に居づらくなると、せっかく回復傾向にある状態が悪化してしまう」と判断し、「職場復帰可能」と診断することもあるでしょう。

つまりこの場合は、主治医と産業医で判断が異なっているのではなく、主治医に必要な情報がないため、適切な判断が行えない状況と言えます。

再発しないことの重要性

うつ病の再発率は60%

さらに、早期に職場復帰を果たすことよりも「再発しない」ことの方が重要です。

精神疾患での休職で最も多い診断は「うつ病」になります。

うつ病の再発率は60%と非常に高く、さらに、2回うつ病にかかった人の再発率は70%、3回かかった人の再発率は90%と、再発を繰り返す度にさらに再発率が高くなることが分かっています。

(出典:厚生労働省 地域におけるうつ病対策検討会「うつ対応マニュアル―保健医療従事者のために―」(平成16年1月)

https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/01/s0126-5g.html#s1

つまり、再発すればするほど繰り返しやすく、慢性疾患のような状態になり、再発する度にパフォーマンスが低下します。

ですから、焦って数週間や数カ月早く復帰して再発するよりも、いかに再発しない方の40%に入るかが重要なのです。

金銭的なことや将来のキャリアへの不安から「早く復帰しないと」と焦る方もとても多いのですが、再発せずに長期的に健康に働ける状態をつくり続けることが、その後の長い人生やキャリアを考えると有利になります。

産業医や会社が「まだ復帰には早い」と判断するのは、再発防止という観点からであることも多いのです。

産業医・会社から「復帰はまだ早い」と判断されたら?

次に、産業医・会社から「復帰はまだ早い」と判断され、職場復帰の許可が出なかった場合の具体的な対応について解説します。

回復することが職場復帰の一番の近道

結論から言うと、早期に再発せずに復帰するためには「健康度を上げる、回復する」。これに尽きます。

当たり前の話ですが、健康で安全に就労できる状態まで回復するのが一番の近道です。

具体的には、まず最低限の条件として、「睡眠・覚醒の生活リズムが整っていて、ちょっとした家事を行うなどの日常生活が問題なく送れる状態」にします。

これは最低限の条件であり、ここまで回復していなければ、主治医からの復職OKの診断も出ないはずです。

さらに、「日常生活が送れるレベル」と「健康に仕事ができるレベル」には差がありますから、主治医の復帰OKの診断に加えて、仕事ができる状態まで回復していることが必要です。

具体的には、日中は趣味や勉強、運動などの活動を一定時間継続してできる集中力、体力が戻っていて、夜はリラックスしてきちんと睡眠がとれ、翌日に疲れを持ち越さない状態を指します。

さらに、このような状態にまで回復していても、「もう大丈夫です!」などと言葉で言うだけでは説得力がありません。それをデータで示せるとさらに効果的です。

活動記録を付けよう

活動記録をつけると、自分の状態を客観的に把握できます。

自分なりには「一番しんどい時と比べたらずいぶんよくなった」という感覚があっても、いざ記録を付けてみると、”まだ半日程度しか活動できておらず、活動した翌日は疲れて朝起きられないなど睡眠・覚醒リズムが乱れている”のように、客観的な状態に気づくことができます。

このような状態では、まだ就労はできないことが理解できるでしょう。

「早く仕事に戻らなければ」と焦りや感情で動くのではなく、回復状況に応じて少しずつ活動量を増やしながらリハビリをすることが、早期の回復・再発防止につながります。

さらに、このような客観的な記録があれば、主治医・産業医・会社の人事担当者等に自分の状態を正しく伝えることができます。

活動記録を付けて、

  • 夜は睡眠がとれ、朝仕事に行くのと同じ時間に起き、日中は活動ができる、生活リズムが保てている
  • 活動しても翌日に疲れを持ち越さず、安定的に活動を継続できている
  • 勤務時と同じくらい活動し、週末はゆっくり休んだり、レジャーを楽しんだり、メリハリのある生活ができている

という状態を目指しましょう。それが職場復帰への近道です。

活動の内容は、デスクワークの方なら図書館などに行って一定時間座って本を読んだりパソコンで資料をつくったり、スポーツジムで定期的に運動をしたり、趣味の活動を楽しむなどがよいでしょう。

自分一人ではだらけてしまったり、逆にやりすぎて回復の妨げになってしまうこともあるので、リワークを活用するのもオススメです。リワークプログラムに休まず通所できていれば、自分でも職場復帰に際しての自信や安心感が持てますし、産業医や会社も安心して職場復帰を認めることができます。

休職に至った経緯を振り返り、再発防止を考えよう

さらに、休職に至った経緯を自分なりに分析して再発防止のための対策を考え、それを言葉で説明できることも大事です。

例えば、「以前は断ることができず、全て引き受けようとしてしんどくなってしまいましたが、休職中にアサーティブなコミュニケーションやタイムマネジメントについて学びました。これからはすべてをノーと言わず引き受けるのではなく、アサーティブにしっかりコミュニケーションを取り合い、優先順位付けをしながら健康に働き続けられるように努め、ストレスマネジメントに取り組んでいきます。」

このように休職に至った経緯を振り返り、再発防止のための取り組みをしていくことが重要です。

生活リズムも整っていて、一定の活動を継続できる集中力や体力も戻っていて、振り返りと再発防止のための取り組みができている人を復帰させない理由は何もありません。ここまでできれば「復職の許可がおりない」ということはないでしょう。

逆に言うと、復職の許可がおりないということは、回復状況や振り返りや再発防止の取り組みがまだ不十分ということです。

病気・休職の経験を活かし、より成長した自分を目指す

また、休職した方から「病気になる前の元の自分に戻りたい」「以前の状態に早く戻さなければ」という声をよく聴きます。

しかし、病気の前の状態に戻ろうとするだけでは、病気や休職という経験からの学びがなく、再発しやすいです。

効果的なのは、病気・休職という今回の経験から学び、より成長した自分になることを目指すことです。

それにより、再発しにくく、パフォーマンスも向上します。

せっかく病気になったのに、元に戻ってしまったら、病気・休職という今回の経験を活かすことができませんから、とてももったいないです。

挫折や思い通りいかない経験は成長のチャンス

病気に限らず、人生には楽しいことばかりでなく、時にはつらいことや思い通りにいかないこともあります。

それらをなかったことのようにして元気になろう、というのは無理がありますし、成長もありません。

例えばスポーツでも、試合に勝ちたいと一生懸命練習して頑張っても、負けてしまうこともあります。

その時に、「試合に負ける前の自分に戻りたい。やり直したい」というのは不可能です。

もしタイムスリップができて、負ける前の自分に戻れたとしても、実力が同じなのですから、同じ試合をしてまた負けてしまうだけです。

現実逃避をして「あの時こうしていれば」と考えるのではなく、挫折やうまくいかなかった経験をしっかり受け止めて振り返り、「この部分をもっと強化しよう」「こういうスキルを身につけよう」と、学んで成長することができたら、元の自分よりも強くなれます。

そして次の試合には勝てたり、もっと良いプレーができる可能性が高くなります。

精神疾患からの休職→復職においても、休職前の自分に戻ることを目指したら意味がありません。病気や休職という経験から学びましょう。

実際に、私のクライアントさんの中にも病気や休職という経験から学び、元の自分よりもパフォーマンスを上げ、昇進や昇給をしている方もたくさんいらっしゃいます。

自分が人生で本当に大切にしたいことを明確にでき、生き方を変えて幸せになられた方もたくさんいらっしゃいます。

病気になりたくてなる人はいないので、休職は決して面白くない、つらい経験だったかもしれませんが、そこから学んだり成長できることがたくさんあります。

ぜひ今後の人生やキャリアに活かしていきましょう。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この記事を書いた人

常光瑞穂

人と組織のWin-Winで幸せな成長を支援する心理コンサルタント。国家資格キャリアコンサルタント。臨床心理士。

京都大学大学院工学研究科修了後、子どものころから憧れたエンジニアとなるが当時の長時間労働の働き方が合わず1年余りで退職。自身のキャリアが見えなくなったことを機に京都大学、立命館大学大学院にて心理学を学ぶ。2003年開業。修士(人間科学、工学)。

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